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東京高等裁判所 昭和50年(行コ)51号 判決

控訴人 飯泉定男

被控訴人 東京国税局長

訴訟代理人 加納昂 大石敏夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一  当裁判所も、訴外会社は昭和四三年五月一六日控訴人に対し金一二一〇万円を無償で譲渡し、かつ右無償譲渡は訴外会社の昭和四二年度分の滞納法人税等の法定納期限である昭和四三年七月一日の一年前の日以後になされており、右無償譲渡に基因して右同額の徴収不足が生じたものと解されるところ、控訴人は、右無償譲渡によつて右同額の利益を受け、右利益は現存するというべきであるから、法三九条により、右一二一〇万円を限度とする第二次納税義務を負うものというべきであり、被控訴人の控訴人に対する第二次納税告知処分は右の限度で適法なものと考える。その理由は、次に付加、訂正するほか、原判決の理由説示と同一であるから、これを引用する。

原判決九枚目表〈省略〉同末行から同裏一行目にかけて「計上されている」とあるのを、「計上され、また同申告書添付の『株式会社ます美書房』と題する書面には、『貸付金(代表者及び家族)』として右同額が計上されている」に改める。

同一二枚目裏四行目の次に左記を加える。

「控訴人は、〈証拠省略〉が、仮に本件一二一〇万円が控訴人に交付されて後作成されたものであるとしても、訴外会社は控訴人に対し右金員を交付後にこれを貸付金として承認ないし追認することは何ら妨げないものであるから、〈証拠省略〉の作成が右金員の交付後であることはこれが貸付金である実体に何ら影響を与えるものではないと主張する。

しかしながら、〈証拠省略〉によれば、訴外会社は、昭和四五年五月三一日開催された臨時株主総会における特別決議により解散(同年六月一日その旨の登記経由)したこと、が認められるところ、先に判示したところによれば、〈証拠省略〉が右解散決議以前に作成されて、訴外会社が適法に本件一二一〇万円の控訴人に対する交付を貸付金として承認ないし追認したこと自体をそもそも認めがたいものというべきであるから(もつとも〈証拠省略〉の作成日付は昭和四五年五月一五日となつているが、先に認定した事情のもとでは〈証拠省略〉が同日作成されたものと認定することもできない。)、控訴人の右主張は採用の限りでない。

更に、控訴人は、訴外会社は昭和四五年五月三一日取締役会において控訴人に対し退職金九七三万七〇〇〇円を支給する旨決議し、右金額は訴外会社の就業規則三七条に照らし合理的な金額であるところ、控訴人は現実に右退職金を受領していないのであるから、本件一二一〇万円は右退職金の限度において無償譲渡とはならない旨主張するが、すでに述べたように(引用した原判決の理由二の4)訴外会社の取締役会が昭和四五年五月三一日退職金九七三万七〇〇〇円を控訴人に支給する旨決議したとの控訴人の主張事実に副う〈証拠省略〉の記載はただちに借信できないものばかりでなく、そもそも訴外会社の代表取締役であつた控訴人(原審における控訴人の供述によると控訴人は訴外会社が設立された昭和二六年三月にその取締役に就任し、昭和三〇年以降前記解散決議のあるまでその代表取締役の地位にあつたことが認められる。)の報酬は、訴外会社の定款に特別の定めがないかぎり、株主総会の決議によつて定むべきものであり(商法二六九条。なお清算人の報酬についても同法四三〇条二項により同法二六九条の準用がある。)、退職金についても右の方法によるべきものと解されるところ、訴外会社の定款に取締役の報酬ないし退職金につき取締役会の決議によつて決定する旨の定めがあることは控訴人の主張立証するところではないから、控訴人が主張するように訴外会社の取締役会が控訴人に対し退職金を支給する旨決議したとしても右決議は法的に効力を生じないものというべきであり、いずれにしても控訴人の右主張は失当である。」

原判決一三枚目表一〇行目の次に左記を加える。

「控訴人は、法三九条にいう徴収不足が無償譲渡等の処分に『基因する』とは、無償譲渡等の処分が原因となつて、その結果として徴収額に不足を生じたことを要し、かつ、徴収不足判定の基準時は第二次納税義務告知処分時ではなく、当該無償譲渡等の行為時ないし滞納国税の法定納期限の時点と解すべく、したがつて、徴税当局が滞納処分をただちに執行すれば、当該無償譲渡等の処分があるにもかかわらず、滞納国税を徴収しえたのに、これを放置しておいたため、やがて他の原因で資産が減少し、徴収不足を生ずるに至つた場合には、右徴収不足と当該無償譲渡処分との間の基因関係が遮断されるものと解すべきであると主張し、訴外会社は、昭和四四年四月三〇日現在で一億三一四〇万三九二九円、昭和四五年四月三〇日現在で八一八五万五〇五一円の資産があり、右時点ではいまだ滞納国税の徴収不足を生ずべき状態にはなかつたのに、被控訴人が滞納処分を執行せず、これを放置している間に、訴外会社の資産が他の原因により減少し、徴収不足を生ずるに至つたものであるから、右徴収不足と本件一二一〇万円の譲渡との間ではその基因関係が遮断されているものというべきであると主張する。

〈証拠省略〉によれば、訴外会社が昭和四三年度法人税確定串告書に添付した昭和四四年四月三〇日現在の貸借対照表には、資産の合計として一億二八四四万二〇五三円(流動資産は合計一億〇八二七万三〇六六円で、現金預金五五一万二二一八円、売掛金九三九八万三九六四円、商品四六〇万三八四〇円等がその主なもの、有形固定資産は合計三九四万二五九一円で、車輌運搬具二四六万九八四〇円がその主なもの、投資は合計一六一四万四八九六円で、差入れ保証金一三八七万四八九六円がその主なものである。)が計上され、一方、負債の合計として一億一五四六万八九九二円(支払手形一九三三万一五〇〇円、買掛金四九七八万〇〇八四円、短期借入金三〇〇〇万円、返品調整引当金六七九万一二三七円等がその主なものである。)が計上されており、当期の損益は欠損金一二〇五万五七八五円とされていること、同じく昭和四四年度法人税確定申告書に添付された昭和四五年四月三〇日現在の貸借対照表には、同日現在の資産の合計として八四一九万〇六三六円(流動資産は合計八二〇五万八九四八円で、売掛金七四九三万四八五一円、商品六九二万〇二〇〇円等がその主なもの、固定資産は合計二一三万一六八八円で車輌運搬具一二七万一六五九円、有価証券二二万円等がその主なものである。)が計上され、一方、負債の合計として八九四四万〇〇八三円(買掛金二〇九〇万九一〇二円、支払手形一四五万七九八八円、短期借入金五一五〇万円、未払金四五五万二〇二八円、返品調整引当金六七九万一二三七円等がその主なものである)が計上されており、当期の損益は欠損金一八二二万二五〇八円(前期の繰越欠損金との合計三〇一四万九四四七円)とされていること、が認められ(なお訴外会社の昭和四四年四月三〇日現在の資産状態に関する控訴人の前記主張は〈証拠省略〉に依拠しているが、〈証拠省略〉の記載をただちに採用できないことは前述した-引用の原判決理由二の2-ところである。)、右賃借対照表上の数字のみから見る限り、控訴人主張の各時点で徴税当局が訴外会社の前記資産につき滞納処分を執行したとすれば、同会社が営業資金に窮し経営困難に陥ることは別として、その滞納国税を全額徴収することが可能であつたようにも考えられないではない。(もつとも、〈証拠省略〉によれば、京橋税務署長が訴外会社の昭和四二年度法人税について更正及び加算税の賦課決定をしたのは昭和四四年一〇月二九日であり、その課税処分通知書には同年一一月二九日までに納付するよう指示しであることが認められ、右によれば、徴収当局が滞納処分を執行するのを相当とするのは同月三〇日以後であるというべきである。)

しかしながら、前記貸借対照表によれば、訴外会社の資産の大部分は売掛金であるところ、〈証拠省略〉によれば、控訴外会社は主に子供向の絵本を出版し、東京出版販売株式会社等の取継店を通じて委託販売の方法でこれらを販売していたため、常にかなりの返本があつて、売掛金として計上されているもののうち実際に請求できる額は返品分を差引いたものに過ぎず、差押売掛金の第三債務者たる取継店は返本がなお継続して存することを考慮し、過払になることを虞れて、簡単には決済しかねるとしてこれを容易に支払おうとせず、例えば最大の販売先である東京出版販売株式会社が差押売掛金を最初に支払つたのは最初の差押後約一年経つた昭和四六年三月三一日であり、しかも、前記法人税確定申告書(〈証拠省略〉)添付書類によれば、訴外会社の東京出版販売株式会社に対する売掛金は昭和四四年四月三〇日現在で五一九四万六七四一円、昭和四五年四月三〇日現在で五五二八万五四四一円となつているが、被控訴人がこれを差押(最初の差押は昭和四五年三月一三日)えて徴収できた金額は合計一三一五万四〇九七円にすぎなかつたこと、また日本出版販売株式会社については、昭和四五年四月三〇日現在で計上された売掛金は一一二三万三九一七円であつたが差押(同年三月一三日差押)えて徴収できた額は五二五万八五六一円であり、その他の小口販売先については、株式会社栗田書店につき昭和四五年四月三〇日現在の計上額の約三分の一にあたる五〇万円を徴収しえただけで、他は徴収できなかつたこと、が認められる。

以上認定したところによれば、本件において、控訴人が主張するように、訴外会社の貸借対照表記載の資産額のみに着目して、たやすく滞納国税の全額徴収が可能であつたのに国税当局がこれを放置している間に他の原因により徴収不足を生ずるに至つたものと認定するのは相当でない(右認定及び判断に反する当審における控訴人本人尋問の結果は採用しない。)。

しかも、法三九条にいう徴収不足と無償譲渡等の処分との間の基因関係について、控訴人の主張するように狭く解釈するのは相当でなく、同条の解釈としては、当該無償譲渡等の処分がなかつたならば、徴収不足を生じなかつたであろうということができる場合には、右の基因関係を認めるのを相当とし、(なお、右徴収不足の判定は控訴人の主張するように、無償譲渡等の行為ないし滞納国税の法定納期限の時点を基準とすべきではなく、第二次納税義務告知処分をする時の現況によるべきものである。)、先に認定したところによれば、本件においては、本件一二一〇万円の無償譲渡と前記徴収不足との間に右基因関係を認めることができるものであるから控訴人の前記主張は採用できない。」

二  よつて、原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとし、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判官 安岡満彦 山田二郎 堂薗守正)

【参考】 原審判決(東京地裁昭和四八年(行ウ)第二九号 昭和五〇年九月二日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事  実 〈省略〉

理由

一 請求原因1及び2の事実、被告の主張1及び2の事実、同3の事実のうち、原告が訴外会社から昭和四三年五月一六日、被告主張の経緯で一二一〇万円の金員の交付を受けた事実並びに同5の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二 そこで、右金員の交付が、訴外会社から原告に対してされた無償譲渡であるか否かについて判断する。

1 〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

訴外会社は昭和四四年六月三〇日京橋税務署長に対し、同社の代表取締役であつた原告が経理責任者として作成した昭和四三年五月一日から同四四年四月三〇日までの事業年度(以下「昭和四三年度」という。)分の確定申告書を提出したが、同申告書添付の貸借対照表(昭和四四年四月三〇日現在のもの。)には前記金員相当額の原告に対する貸付金は計上されていない。その後同社から昭和四六年四月二六日同署長に対し提出された昭和四四年五月一日から同四五年四月三〇日までの事業年度(以下「昭和四四年度」という。)分の確定申告書添付の貸借対照表(昭和四五年四月三〇日現在のもの。)にも、前同様の貸付金は計上されていない。昭和四六年七月二〇日、訴外会社に対する破産申立事件の審問手続において、原告は、同社の資産は売掛金のみであると陳述しているほか、右事件に関し、同人が裁判所に提出した昭和四六年七月五日付報告書、貸借対照表(昭和四五年五月三一日現在及び昭和四六年四月三〇日現在のもの。)、財産目録及び債権者表においても、貸付金については触れられていない。

2 ところで、〈証拠省略〉によれば、訴外会社は、前記昭和四四年度分の確定申告書と同時に、京橋税務署長に対し昭和四三年度分の修正申告書を提出しており、同申告書添付の貸借対照表(昭和四四年四月三〇日現在のもの。)には、貸付金として一八三二万七三六〇円が計上されている事実が認められるけれども、〈証拠省略〉によれば、訴外会社はいわゆる青色申告の承認を取り消された白色申告者であるところ、右修正申告前後の所得はいずれも欠損であつて課税標準に変化はなく、修正申告を必要とする場合には当たらないこと、右修正申告書の提出された時期が、前記昭和四三年度分の確定申告書が提出された時から二年近く経過した後で、しかも、本件処分についての審査請求の段階において、原処分庁の答弁書が原告に送達された後まもなくであることが認められ、この事実に加えて、前認定の他の決算書類にはいずれも貸付金の計上がされていない事実に照らすと、右修正申告書添付の貸借対照表に貸付金が計上されていることは極めて唐突かつ不自然であり、右貸付金の計上が真実に合致するものとは到底解することができない。

3 また、〈証拠省略〉中には、前記昭和四三年度確定申告書添付の貸借対照表においては、貸付金として処理すべき前記金員が売掛金として会計処理されている旨の供述があるけれども、同供述は、前認定のとおり、右確定申告書の作成者が前記金員を借り受けたと主張する原告自身であること及びその金額が多額であること、にもかかわらず、そのような変則的な会計処理をするについて首肯するに足る事情の立証もないことに照らし、不自然であつて信用することができない。

4 さらに、〈証拠省略〉中には、前記昭和四四年度確定申告書添付の貸借対照表及び破産申立事件に関して提出した書類等において貸付金に触れていないのは、原告が昭和四五年五月一三日訴外会社に対する退職金債権と相殺したからであるとの供述があり、〈証拠省略〉には、右同日訴外会社取締役会が開催されて原告ら同社役員に対する退職金支払いの決議がされた旨の供述及び記載があるけれども、この点に関する原告本人の供述は不自然で矛盾を含み、〈証拠省略〉も、〈証拠省略〉と使用されているタイプライターの字体の点で対比すると、〈証拠省略〉とともに後日一括して作成された疑いが濃厚である。これに加えて、〈証拠省略〉によると、右退職金の支払いにかかる源泉所得税が、その納期限から一年近く後であり、しかも本件処分についての審査請求の段階である昭和四六年五月七日に至つて初めて納付されていることが認められ、また、仮に前記相殺がされたものとしても、なお原告には二三六万三〇〇〇円の残債務があることは原告自ら主張するところであり、これについて前記貸借対照表等において触れられていないのはやはり不自然というべく、以上の点から、〈証拠省略〉は措信できない。

5 〈証拠省略〉には、原告が訴外会社から一二一〇万円を借り受けた旨の記載及び供述があるが、〈証拠省略〉は、前記修正申告書と同様、本件処分についての審査請求の段階において、原処分庁の答弁書に対する反論書添付の証拠資料として、担当審判官の督促に応じて原告から提出されたもので、他の帳簿類は労働争議によつて散逸したとの理由で提出されなかつたにもかかわらず、右書面のみが提出されたことが認められるところ、この事実に加えて、その字体が前示のとおり作成日付の異なる〈証拠省略〉と同じタイプライターの字体と認められること及び金銭消費貸借契約書の作成日付が昭和四五年五月一五日になつていることを合わせ考えると、右甲第一号証の一及び二の記載内容は信用性に乏しく証拠として採用できない。また、この点に関する原告本人の供述は、金員借入れの目的につき矛盾しているほかあいまいで具体性を欠いており、さらに同供述により認められるように、原告が前記金員の交付を受けるに際し、特段の事情もないのにことさら預金操作をしている事実に照らし、措信できない。

以上の認定事実によれば、前記金員の交付は、訴外会社から原告に対する無償譲渡であり、原告はこれによつて右同額の利益を受けたものと推認するのが相当である。

三 〈証拠省略〉によれば、次の事実が認められる。

被告徴収官は、訴外会社の滞納税額につき、昭和四三年度確定申告書添付の資料をもとに同社の財産に対し滞納処分を行い、昭和四五年三月一三日から同四六年三月三一日までの間、同社の東京出版販売株式会社ほか二社に対する各売掛金債権及び東京出版協同組合に対する出資金の各差押えをしたが、右各差押えにより現実に満足を得た額は一九〇三万二六五八円であつた。その他、訴外会社にはこれといつた財産はなく、右金額以上の徴収は不能であつた。

右認定の各事実によれば、本件処分当時訴外会社の財産は二〇〇〇万円に満たないものであり、同社が滞納中であつた昭和四二年度分法人税、同重加算税及び延滞税につき滞納処分を執行しても、なおその徴収すべき額に、少なくとも前記原告が受けた利益である一二一〇万円以上不足する状態であつたことが明らかである。

四 以上の事実関係によると、訴外会社から原告に対する一二一〇万円の金員の無償譲渡は、法人税等の法定納期限である昭和四三年七月一日の一年前の日以後にされているところ、これに基因して右同額分の徴収不足が生じたものと解せられ、かつ、右無償譲渡により原告の受けた利益が現に存することは、当事者間に争いのない同金員の使途等の経緯に照らし明らかであるから、原告は、国税徴収法第三九条の規定に基づき、一二一〇万円を限度とする第二次納税義務を負うものというべきであり、本件処分は正当である。

よつて、その取消しを求める原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 時岡泰 山崎敏充)

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